「ゼノ!おいゼノ!」
「なんだよムームー。」
俺の名前はゼノ。
シロディールで盗賊をやってる。
さっきから階下で大声を上げてるのは、
俺の雇用主で魔術師の、ムームーだ。
やろう、また俺を使い走りに出すつもりだな…?
俺は体を起こすと、奴が居る一階へと降りた。
が、次の瞬間だった。
強烈な眩暈と吐き気を感じ、俺は意識を失った。
なんだ、揺れてるな…。
地面の揺れを感じて俺は身を起こした。
ここはどこだ?ムームーの奴は?
辺りを見回すと、どうも馬車に乗せられているようだ。
猿轡をされた男に、しょぼくれた男、
それに俺の隣には金髪で屈強な男…ノルド人だろうな、
彼らが一緒の馬車に乗っていた。
周囲を見回そうとしたその時、両手に不便さを感じた。
クソッ!なんてこった。
どうも固く縛られていて、手が使えない。
俺は縄抜けの名人{シロディールじゃそれなりの盗賊だった}
だが、この縛り方はよくない。
なにより、どうも馬車はこの一台じゃない上に、
前後にもありがたくない縄をもらった連中が護送されてるらしい。
縄と静かに格闘した後、俺は諦めて周囲に気を配る事にした。
馬車での話を総合すると、
この地方、スカイリムでは現在戦争が行われている…まぁこれは俺の仕事が楽になるな。
しかしスカイリムか…肌寒い北の地方に俺は縁がないからな。
おまけになんだ、今一緒に馬車に乗ってる猿轡をしたこの男、
ウルフリック・ストームクロークが、その戦争の発端らしい。
おまけに「声」で人を殺したって?冗談みたいな話だな。
{まぁ、俺の雇い主も似たようなもんだな。
え?何?報告を続けろって?わかってるよ。}
そうこうしてるうちに、馬車は街の中に入り、俺達は順々に降ろされた。
どいつもこいつも嫌な目線で見てきやがる。
{なんだか嫌な予感はしてたんだ}
肌に嫌な乾燥を感じた。俺の自慢の青い髪がカサカサだ。
レイロフ、さっき一緒に馬車に乗ってた奴が追い越しざまに耳打ちしてきた。
「希望を捨てるな」
ふん、別に言われなくてもわかっている。
それにシロディールに居た時だって、
俺や俺のご主人は何度も危機を潜り抜けてきた。
縄抜けは無理だったが…何か策があるはずだ。
そんな事を考えていたら、他の囚人が逃げ出した。
こりゃチャンスだ、この混乱に乗じて…
と思っていたが、奴は残念な事に半歩もいかないうちに、
矢だるまになっちまった。本当に残念だ。
逃げるのは今じゃないな…と思っていたら、
目の前すぐに断頭台があるじゃないか。
俺の前に居た囚人が一瞬で首を落とされた。
「次、そこのトカゲ!」
レッドガードの女兵が俺に急かす。
くそ、今日は最悪だ。
トカゲ呼ばわりされるし、俺のご主人は見当たらない。
おまけに人生がここで終わろうとしてる!
その時、わずかに遠くで妙な音が聞こえた。山が木霊するような。
「なあ、あんた、考え直さないか。」
皆が気を取られている隙に、俺は女兵長に出来るだけ丁寧に話しかけた。
「俺はまだスカイリムに来たばっかりでここで処刑されるのは何かの手違いだ。
俺の主人のムームーを呼んでくれ。シロディールで宮廷魔術師をしてる。
あいつは帝国からすればそれなりに偉いんだ。奴ならきっと…」
「だまれトカゲ野郎!その沼くさい息をこれ以上吹きかけるな!」
女兵長は俺のすばらしい弁舌を途中で打ち切り、
後ろに回って俺のしなやかな尻尾を鉄のブーツで蹴り付けた。
突然の事に俺は前のめりにつんのめり、
そのまま処刑台に突っ伏した。
ああ、このままじゃまずい。
処刑人の斧が振り上げられた。
その時だった。
「Fus Ro Dah!」
咆哮とも叫びともつかない声が聞こえた。
と、同時に、処刑人が吹っ飛んでいた。
なんだなんだ。
顔を上げると、近くの見張り塔の上になにやら黒い翼を持った…
ありゃドラゴンだ。
ドラゴンが居た。
{俺はシロディールの南で青いドラゴンに会った事があるんだ。
だがそれはまた別の時に話そう}
そこからは一瞬で大混乱になった。
辺り一体は火の海になるし、帝国兵はドラゴンに矢を射掛けるのに必死だ。
まぁいくら射掛けようとありゃ無理だな。
俺がどこから逃げようか辺りを見回していると、
さっきの囚人、レイロフが手招きしていたので、そいつが居た塔に飛び込んだ。
「酋長!あれがドラゴンですか。我々は終末の伝説に会ってしまったのでしょうか。」
「伝説は村人を焼き払ったりしない。」
レイロフがウルフリックに質問してる間に、俺はさっさとその場から離れた。
だが、ドラゴンの野郎が俺の行く先々に現れては火を噴いて行ったせいで
自慢の髪が焼ける所だったぜ。
結局、逃げた先でレイロフと帝国兵のハドバルとかいう奴が言い争っていたので、
レイロフについて帝国の獄舎に逃げ込んだ。
「ここまで来れば大丈夫だ。
…ん?なんだ?手かせが取れないのか?俺が解いてやる。」
{ちなみにちょうど解けるところだった。念のため。}
レイロフが言うには、どうもあのドラゴン襲来は予想外の事で、
とにかくこの場から脱出し、酋長と合流するのがこいつの目的らしい。
俺はどうしようか思案した。
仕事で下水道を抜けた事もある。
あの誠実面したご主人様と一緒に戦地から逃げた事もある。
なら、ここもこの男にある程度ついて行った後…。
と、そこで俺の思考が途絶えた。
なぜなら、俺の視界の端に、黒い犬が見えたからだ。
「やあゼノ、元気だったか。」
犬、いや俺のご主人が喋った。
{補足しとこう。俺のご主人はアニマ体質でな。詳しい説明は省くが。
よーするに都合のいい時はこの黒い犬になれる。}
「君をここに送り込んだのはいくつか理由がある。だから話を…おい、危ないだろ!」
俺はご主人の話を無視して近場の手斧を拾って奴目掛けて投げた。
{かわいそうなレイロフはおそらく俺のご主人の幻惑魔法が直撃したんだろう。で、目が虚ろだ。}
「いいや聞かないね。あともう少しで殺されるところだったんだぞ!」
「縄は緩めにしといたはずだ!」
「ドラゴンにも焼かれるところだった!」
俺が怒鳴ると、奴も少し申し訳なさそうにした。
「それは…手違いだったんだ。
まさかドラゴンがくるとは…しかしまぁ、おかげで逃げられたろ?」
「すると何か。俺が首を斬られるかドラゴンに焼かれるかは大した問題じゃないと?」
「だから話を聞けよゼノ。
お前を眠らせてここに送り込んだのは、お前にしか出来ない仕事があるからだ。」
{俺の主人は、大抵の魔術師よろしく、
自分の目的の為には誰がどうなろうが知った事ではない、
というスタンスで物事に臨んでる。
ま、少しは他のよりマシな時もあるが、一事が万事ってわけにはいかない。}
奴は俺の反論も聞かずに一方的にこう言い放った。
「今、ここスカイリムじゃ帝国とストームクロークの内乱が起きてる。
だがそこは大した問題じゃない。僕達にとっては。
問題はこの戦いでこの地方の大切な遺産が失われることなんだ!
オブリビオンの動乱をせっかく生き延びたアーティファクト達が、
野蛮な連中に破壊されるのは我慢できない!」
「で、そのお宝を「保護」しろっていうのか?」
「そうだ。」
「俺が?」
「君が。」
「報酬は?」
「オブリビオンからの遺産…魂捕らえの短剣をやる。」
「少ないな。」
「なら、30000ゴールドもつけよう。」
「本当か?気前がいいな。前金はいくらだ。」
「…15000ゴールドだ。」
「オーケー、乗った。いいだろう。ただし条件がある。」
「なんだ?」
「どうせ保護した宝のその中に依頼主が欲しがってるものがあるんだろ?
その名前を聞いておきたい。」
「いや、それはだめだ。少なくとも、今はまだ。」
「なぜだ。」
「僕の仲間が今目的の財宝の行方を探っているが、難航しているんだ…。
もちろんすぐに見つけ出すだろうが…、それにドラゴンだ。ドラゴンはまずい。」
小僧、ムームーの奴は珍しく困り顔だ。
「ドラゴンスレイヤーくらい知り合いにいるんだろ?」
「確かに優れた傭兵は居る。或いは彼女なら…だがとにかく今はまずいんだ。」
「おいおい、それじゃ俺は一体どうするんだ?
忠実な部下を眠らせて縛って処刑台に向かわせた挙句、
何もないってのはおかしいぜ?」
「わかっている。手始めに各街の衛兵の装備を手に入れて欲しい。
装備が手に入ったら、そうだな、
この洞窟を出てずっと北に行った街、ウィンターホールドに大学がある。
そこに行けば自動的に受け渡せるようになってるから、
まずはスカイリム地方の9つの要塞の傭兵から装備をもらうんだ。」
「手段は?」
「…問わない。だがあまり殺すのは…。」
「わかってるさ、お前はあまり好きじゃないんだったな。
だが、手に入れるんだろ?上手くやるさ。」
「頼むぞ、ゼノ。僕もドラゴンについて調べなきゃならない。
ああ、それと、ホワイトランという街についたら、
宮廷魔術師のファレンガーにこれを渡してくれ。
そうすれば君の助けになってくれるだろう。」
そういうと奴は、俺に小さなスクロールを渡した。
「なんだこれは?」
「少々複雑な呪文を練りこんだ巻物さ。間違っても使うなよ。」
「使わないね。ファレンガーだな?」
「ああ、そうだ。それじゃあ僕はもう行く。」
そう言うと小僧は犬の姿のまま、牢屋を通り抜けていった。
俺はレイロフを助け起こすと、気付けにワインを渡して目を覚まさせた。
その後、二人で洞窟を抜けて
{割愛するが俺はここでも素晴らしい働きをした。
蜘蛛を突き刺し熊を射殺し民間人を拷問していた帝国兵を焼き払ったり…}
川岸の屋外に出た後、近隣の小村・リバーウッドで会う約束をして別れた。
川沿いに行くと、確かに小さな村があった。
そこのジャルデュルというのはレイロフの親族で、
俺はヘルゲン、ドラゴンに襲われた砦での出来事を話した後、
薬や食事、それに一晩の宿を頂いた。
小僧との約束さえなければもう少しゆっくりするところだったが、
ホワイトランにドラゴン対策の救援を要請しに行ってくれ、
と、言われてしまったので、任務がてら、王宮に寄る事にした。
どの道ファレンガーという奴もそこに居るんだろうしな。
村を出て半日もたたない内にその街、ホワイトランには着いた。
小高い丘に作られたその街はヘルゲンでの異変を受けて警戒中だったが、
駄目元で衛兵にドラゴンの旨で来たと伝えると、あっさり中へ。
ついでに俺はうち一人に眠ってもらって、一式の装備を手に入れた。
俺は宮廷魔術師、ファレンガーに会う為に街の上層部、
王宮がある区域に向かった。
なんで上層部かわかったって?
魔術師や為政者ってのは大抵高い所が好きだ。
逆に地下に篭りたがるのは変人か気が触れた連中だけさ。
「ん?誰だ君は?何のようだ?」
ファレンガーという暗そうな男は、王宮の部屋を借りて研究をしていた。
俺の主人と同じでフードを被り、魂石や符術用のメモが辺りには散乱している。
「ムームーの使いで来た。これを。」
最初はいぶかしんでいた男も、巻物を渡すと目の色を変えた。
「これは…おお!やはりそうか。ありがたい!」
「お役に立てたか?」
「ああ!もちろんだとも。そうだ、報酬を渡すように言われていたんだ。これを。」
男は小さな包みを俺に渡した。
俺はその重さに驚きながら封を開けた。
すると、そこにあったのは二丁のダガーだった。
「この地方で取れる鉄から作ったダガーだ。
オーダー通り、エンチャントはしていない。
ムームーによろしく伝えてくれ。それじゃ、また。」
ファレンガーは巻物に夢中で、こちらを見ようともしない。
その時、俺の背中に冷たい魔力の感触が走った。
「動くな。何のようでここに来た。」
後ろから女の声が聞こえる。
俺は反撃の隙を窺いながら、答えた。
「ジャルデュルからドラゴンの件で酋長に話がある。」
「ドラゴン…そうか、だから衛兵が通したのか。
来い、酋長が話しがあるそうだ。」
女はそういうと剣を収めた。
俺は酋長であるバルグリーフに状況を説明し、
ファレンガーと相談してドラゴンストーンなる石を手に入れて来いといわれた。
が、真っ平御免だ。
なぜなら俺はドラゴンと戦いたくはないし、
この国の人間がどうなろうと知った事じゃない。
面倒ごとには関わらない。金にならない頼み事は引き受けない。
これが人生を長く生きる秘訣だ。
俺は引き受ける振りをしながら、街を出て馬車に乗ると、
ムームーが待つウィンターホールドへと向かった。
次回へ続く。